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前橋地方裁判所 昭和45年(わ)402号 判決

主文

被告人を懲役四年六月に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

押収してある猟銃一丁(昭和四六年押第一六号の一)を没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、山菜業を営むかたわら群馬県利根郡水上町会議員をつとめていた者であるが、

第一、かねてから乙種狩猟免許を有し、装薬銃砲を用い反覆継続して狩猟に従事していたところ、昭和四五年一〇月二〇日午前三時ころ、番場秀二(昭和九年五月二八日生)および才川富四一とともに夜明けころ出現する熊を射つ目的で、それぞれ猟銃を携えて群馬県利根郡水上町大字藤原所在の通称西山と呼ばれる山林へ赴き、東京電力須田貝線に添つて走つている巡視路を進んで山中に入り、途中右送電線第一〇号鉄塔の下方約一二〇メートル付近のグリ捨場において、同所を下山時の落ち合い場所と定めたうえ、同所に右才川を残して右番場とともに更に右巡視路を進み、右送電線第一一号鉄塔付近の三差路に至つて右番場には指示して右巡視路を直進させ、自らは右の方向の山道にそれ、各自別々に右山林内で熊を探したものの熊を発見できず鋭い寒気に耐え難くなつたので右番場を誘つて帰ろうと考え、前記三差路まで引き返し、そこから先に同人を行かせた路にそつて進みながら同人の姿を探したが、どこにも見当らなかつたので同人が既に下山したものと思い自らも下山しようとしたのであるが、この時左手に高い木の繁みを見い出し、熊がいるかもしれないと思つてその方向に通ずる山道を約二五メートル進んだところ、約一五メートル先に前同所蛇喰一、八九四番地所在の山小屋を発見し、同時に同小屋内から「カタン」という物音を聞きつけるや、とつさに右小屋内に熊が潜んでいるものと思い、同日午前四時四〇分ころ、これを射止めようと考え、所携の九粒弾五発を装填 てある猟銃(昭和四六年押第一六号の一)を構え、足音を忍ばせながら右小屋に近づいていつたのであるが、このような場合猟銃による狩猟を業としている被告人としては、同所付近が先に自らが指示して前記番場を熊探しに赴かせた地域内であり、しかも山小屋の中であるから、前記物音の主が右番場である可能性が考えられるので、同人か熊であるかを確かめるため、その姿態を十分に注視し、かけ声をかけるなどの方法により、その対象が熊であることを確認のうえ銃弾を発射すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然前記小屋の約三メートル手前まで接近し、そのとき右小屋入口付近の内部で前記番場の黒い影が動くのを認めるや、即座にこれを熊であると速断して、同人目がけて前記猟銃により前記銃弾二発を続けて発射した過失により、これを同人の下腹部および右下肢の鼠蹊部に命中させ、よつて同人に対し右下腹部から腸および腸間膜を穿孔し、仙骨上端に達する銃創ならびに右鼠蹊部から右腎・胃・心臓等を損傷する銃創を負わせ

第二、右銃弾発射により相手の倒れた様子がわかつたところから、前記山小屋内に行き所携の懐中電燈で照らしてみて右番場を熊と間違えて射つたものであることに気づき、かつ、右銃創により同人が断末魔の苦痛に喘いでいる模様を直視するや、一瞬ぼう然とし、とまどいを感じたものの、腹部辺の銃創と番場の苦悶状況等から既に瀕死の状態と考え、山中二人のみであつたところから、むしろ同人を殺害して早く楽にさせたうえその場から逃走しようと決意し、右小屋内に仰向けに倒れていた同人の右胸部目がけて約一メートルの至近距離から重ねて前記銃弾一発を発射して、右胸部から腹腔に達し肝臓等を損傷する銃創を負わせ、よつて同人を即時同所において死亡させ、

第三、ついで、右各犯行を隠蔽しようとして同人の死体を前記小屋から引きづり出し右小屋の東側約一〇メートルの地点の雑木林の斜面部に投げすて、もつて同人の死体を遺棄し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(検察官の主張に対する判断)

検察官は、被告人の判示第一の所為は刑法第二一一条前段のうち業務上過失致死罪に該当するものと主張する。

そこで検討するに、医師井関尚栄作成の鑑定書および第三回公判調書中の同鑑定証人の供述部分によると、被告人の判示第一の所為により被害者はもはや回復が不可能で数分ないし一〇数分以内に必ず死亡するに至るような傷害を受けたことが認められるが、判示のとおり、被害者は未だ右傷害によつて死亡するに至る以前に、被告人の殺意に基づく判示第二の所為によつて死亡させられたものであるから、第一の所為による因果の進行はこれにより断絶したものと評価せざるを得ず、結局被告人の判示第一の所為は業務上過失致傷を構成するにとどまるものと思料する。

よつて、検察官の右主張は採用しない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人がかねてからてんかん性の疾病を有していたところ、、判示第一の犯行の直後誤つて、被害者を射つてしまつたことを覚知するや驚愕のあまりその発作を起し、その為判示第二および第三の各犯行に際しては、是非善悪の判断力を欠き、あるいはその能力に著しい障害の存する状態であつた旨主張する。

そこで検討するに、被告人の当公判廷における供述、被告人の検察官に対する昭和四五年一一月六日付供述調書、医師北原次一郎作成の診断書および利根中央病院院長菊池幸雄作成の「照会回答」と題する書面によると、被告人はかつて交通事故により頭部に負傷して以来時折頭部に激痛を覚えて失神しあるいは痙攣発作を起すことがあり、右症状は脳血管に存する障害によるものと考えられ、なおてんかんの疑いも存することが認められる。そして、被告人は当公判廷において、判示第一の犯行後頭がボーとなつてしまい、以後の自己の行為について、なかでも判示第二の行為についてはほとんど記憶がない旨述べている。しかし、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書によると、被告人は捜査官に対しては判示第二および第三の各犯行の状況ならびにその前後の状況について詳細に述べていることが認められるのであつて、被告人の当公判廷における右供述は信用し難い。そして、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書によると、判示第二および第三の各犯行に際し、被告人はもとより平静な心理状態ではなかつたものの格別前記疾病による発作も発現せず、是非善悪の判断力、行動力を欠き、あるいはその能力に著しい障害の存する精神状態ではなかつたことが十分認められる。

よつて、弁護人の右主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、行為時においては刑法第二一一条前段、昭和四八年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、裁判時においては刑法第二一一条前段、右改正後の罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、判示第二の所為は刑法第一九九条に、判示第三の所為は同法第一九〇条にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪については犯罪後の法律により刑の変更があつた場合にあたるから、刑法第六条、第一〇条により軽い行為時法によることとし、所定刑中判示第一の罪については、懲役刑を、判示第二の罪については有期懲役刑をそれぞれ選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文、第一〇条により、最も重い判示第二の罪の刑に同法第一四条の制限内において法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年六月に処することとし、同法第二一条を適用して未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、押収してある猟銃一丁(昭和四六年押第一六号の一)は判示第二の犯行の用に供したもので被告人以外の者に属しないから、同法第一九条第一項第二号第二項を適用してこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部を被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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